USPAのAFFプログラムは、スカイダイビング史上最も重要で、最もエキサイティングな発展の1つである。晩年のケネス・F・コールマンによって開発され、1981年9月にUSPAの委員会に採用された。AFFプログラムの名前は、スチューデントが、従来の方式よりも3倍から5倍早く学び、上達できることからつけられた。AFFプログラムは、ただのパラシュートジャンプの方法ではなく、スカイダイビングの方法を教える。AFFのスチューデントはスカイダイビングの基本スキルを7回から10回のジャンプで学ぶが、それまでは同じことを学ぶのに50回のジャンプが必要だった。
 70年代はスカイダイビングの技術がものすごく進歩した10年であった。平均的なリラティブワーカーは、10年前なら夢見ていただけの技を普通にやってしまう。そして70年代は、スカイダイビングの装備を発展させた産業の生まれた時代でもある。その装備は、古いスカイダイバーの背負っている軍の余り物のギアや、多くのスチューデントが使っているギアに比べてより軽く、より快適で使いやすい。

 スチューデントのトレーニングプログラムも70年代に変化した。トレーニングの方法とスチューデントの装備の変化はほんの少しだったが、”スチューデント工場”と呼ばれたコマーシャルセンターがアメリカ中にできた。これらのセンターは、数が増えていたファーストジャンプスチューデントから、利益を得ていた。その一方で、スチューデントからスカイダイバーになる人の数は少なく、60年代からスカイダイビングを続けている人の数より少ない場合もあった。結果、70年代はドロップアウトしてしまうスカイダイバーの数を、新しいスカイダイバーで埋めることはできなかった。現実は、スポーツも、結果としてマーケットも成長していないということだった。いくつかの装備の製造元は、スチューデントは、最初の経験が楽しいものであればあるほど、続ける傾向があるという。彼らは、もしスチューデントのギアがもっと軽く、もっと快適なものであれば、スカイダイビングをもっと魅力的なスポーツだと思うだろうと感じていた。
 1979年までに、いくつかのドロップゾーンは、いろいろな安全装置を備えたタンデムリグを使い始めたが、スチューデントを維持するにはほんの少しの効果しかなかった。それに加え、DZオペレーターたちは、続けるスチューデントよりも、ファーストタイマーを集める方が、経済的に得るものが多いと考えた。
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